不合理の中の合理性

2021/02/08【社長のメッセージ】

 世間では、昨今の若者は「何の意味があるのか」と合理性を問い、合理性がないことをしたがらない。と言われています。確かに当社でも自動化されたことで形骸した作業が残っており、何の意味があるのか?と問いたくなる作業があるかもしれません。しかし社会人の初心者が逐一合理性の有無を問うても良い結果にならないことも多いように感じます。先行世代のマナーのようなものは、合理性を問う前に自動機械のように振る舞えるくらい身につけたほうがいいものも多く存在します。改善活動やサンクスカードも同じです。
 仕事の基本は武道や演奏と同じだと思います。基本動作を反復訓練して「自動機械」のように動けるようにする。そこに意識を使わなくなる分、思考する価値のある問題に意識を集中することで高い生産性が生まれます。

 合理性追求の弊害は中高年世代にも存在します。経済の合理的な発展が豊かさをもたらすと私たちは信じてきました。そして合理性を追求する多くの企業が成果主義を導入しましたが、多くの課題が指摘されています。成果主義の下では、社員は自らの利益を最優先に考え、部下の指導や同僚の相談に乗るなど自分自身の成果に直接結びつかない事はやりたがらない。仕事の成果をすべて金銭に換算する金銭だけで繋がった会社では、人は働く喜びや向上心を失い、結果として高い付加価値を生み出せなくなるなど、そこには成果主義に隠れて存在する合理性の不合理があります。
 人は給料のためだけに働くのではありません。働くことで他者とのかかわりを持ち、自己の存在価値を実感し、働く意味を発見するなど様々な価値を生み出すからこそ、目先の経済合理的でない行動もとるのだと思います。
 「お金では愛は買えない」ことを多くの人が知っているのに、「お金では仕事は買えない」ことはあまり理解されていないのかもしれません。

 会社の経営活動の目的は継続と発展ですが、そのために一番大切なことは、人の成長だと思います。本人さえ気づいていない能力や価値観を引き出してあげることが、社員にとっても会社にとっても大切です。合理性を他者に問う前に、自分の頭で長期的な合理性を判断できるようになるために、「まずは、やてみる」勇気を持ち続けたいものです。